城南宮を出て、旧幕府軍と薩摩軍が対峙した地点へ向います。
城南宮の案内板にあった通り城南宮から南南西に500メートル進むと、碑と案内板が建っていました。
このあたりにあった小枝橋を旧幕府軍が渡ろうとし、薩摩軍が阻止したのが衝突の発端だそうです。
東京に帰ってから調べたところ、残念ながら小枝橋は平成14年に撤去されました。
北側に新しく新橋ができたのが理由だそうです。
碑の南側をみると土手が続いていました。
そういえば、るろうに剣心で鳥羽伏見の描写で土手が出てきてたような。
あっちのほうから旧幕府軍が進軍してきたのか……と、暫くの間しんみり。
歴史の分岐点に立ち会った両軍の人達はここでどんな風景を見たのかなぁって。
旧幕府軍は2万、薩摩・長州連合軍は5千。
でも連合軍には新式の武器があって、こんだけの人数差がなんのハンデにもなんなかったんだ。
日本から最初に侍が消えたのがこの場所なんだなぁ。
鳥羽伏見戦跡の地図
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